谷口 正厚

教員紹介

その他 名誉教授

谷口 正厚 (TANIGUCHI Masaatsu)

所 属その他名誉教授
専 攻障害者福祉論
生年等1945年
最終学歴 大阪市立大学大学院経済学研究科博士課程単位取得中退
研究活動・教育活動

 私の勉強は大学でマルクスの『資本論』を学ぶことから始まった。大学院では社会政策を研究し、沖縄が日本に復帰した直後の1975年に沖縄大学に来た。

沖縄で私は障害者問題の勉強を始めた。法経学部で「経済原論」を教えながら、復帰直後の福祉施設や養護学校の建設ラッシュをテーマに自治体財政分析に取り組み、また、沖縄戦から復帰前までの沖縄の障害者行政の歴史を研究した。

 1981年の国際障害者年の年に沖縄で初めて小規模作業所が作られた。国が見捨ててきた「障害の重い人たちの学校卒業後の保障」に親や学校の先生やボランティアたちが地域の中で取り組んだ沖縄の作業所づくりの実態調査に取り組んだ。

 「国連障害者の10年」の最後の年(1992年)に那覇市の事業の中で、障害当事者や沖大の学生とともに障害者の生活実態調査に取り組んだ。1990年代後半になると、作業所に通う人たちよりもさらに障害の重い人たちやその親たちの「地域の中で暮らしたい」という思いが広がった。運動と実践が進む中で実態調査や親の会の人たちとともに運動にも取り組んだ。

 1990年の終わり頃、障害者一人ひとりに対して、その人の「生きる力」を高める総合的な支援を行う「障害者のケアマネジメント」という新しい手法の障害者福祉の実践が広がり始めた。その実践を担う新しい専門職も育ち始めた。ここからも私はたくさんのことを学んだ。

 『資本論』研究の世界から一転して沖縄の障害者の中に飛び込んだ後、私の研究活動は沖縄の障害者たちの実践に教えられ、それに突き動かされてきた歴史である。私が沖縄に来ておよそ40年の間に、障害者のための社会資源も増え、当事者や親の組織と運動・実践も広がってきた。障害者や家族に対する相談を担う専門機関とスタッフも育ち、すばらしい実践も生み出されている。ノーマライゼーションを理解し、実践する市民も増えてきた。今後の私の目標は、自治と福祉と障害者の権利をキーワードに、そうした人たちとともに自治体分析の共同研究と実践に取り組むことである。

教育活動と学内活動

 この15年間、「バリアフリー・ユニバーサルデザイン」「障害学生支援」という面から大学づくりに関わってきた。若手の職員や学生たちとともに障害の枠をこえた「学生支援」に取り組んだ。おかげで上記の「私の目標」の実行は停滞状況である。しかし、長い間「研究者」として生きてきた私にとって、大学における職員の力、学生の力がとても大きいことを日々実感できるようになったことはとても楽しい。2008年度に職員や学生たちと取り組んだ「学生が企画し、学生が運営し、学生が評価にも参加する授業(障がい原論)」は沖縄大学の学生・職員の力のすばらしさを示した。このような授業を常に2つ、3つ実施したいと思ったがかなわなかった。

 2013年3月に退職した後、常勤の先生たちとともに新設科目の「ユニバーサル社会入門」を担当している。今も続けられている「障がい原論」とともに、沖大らしい沖大でないとできない授業にしていきたいと思っている。