平良 研一

教員紹介

その他 名誉教授

平良 研一 (TAIRA Kenichi)

所 属その他名誉教授
専 攻教育学・社会教育学 (生涯学習論)
生年等1939年
最終学歴 東京都立大学大学院人文科学研究科
研究・教育活動

 平良研一先生は、大学時代(東京外国語大学ドイツ科)にドイツの教養小説(教育小説)に興味を持たれ、トーマス・マンの「魔の山」を中心に「教養小説」をめぐる問題を取り扱ったことが契機となって「教育学」に興味が移り、東京都立大学大学院に進み、当時社会教育学の重鎮と言われた三井為友教授と出会ったことで社会教育学の道へと進まれることとなった。60 年安保闘争をめぐる社会・政治運動に触発され、参加することによって、教育労働問題、とくに社会教育の領域、労働組合運動と学習のあり方や市民運動、平和運動等の研究に入っていかれた。

 先生は大学院を終えて復帰前の沖縄に戻られ、1967 年、当時、学園民主化闘争で騒然とする沖縄大学に講師として赴任され、教職員組合活動の中で、劣悪な研究教育条件の下に置かれていた沖縄の大学問題(特に私学)、教育における「沖縄問題」に強い関心を抱かれた。

 学園民主化闘争やその後の本土復帰に伴う沖縄大学の存続闘争に揉まれながら、先生は日本の戦後教育史の中で欠落していた沖縄の教育、特に社会教育について精力的な研究活動を展開され、東京学芸大の小林文人教授(日本社会教育学会元会長)と共同で、米占領下の社会教育の歴史的実証研究と復帰後を含めた公民館、集落公民館を中心に社会教育の研究を進めてこられた。その研究成果をもとに小林・平良共編著として出版した「民衆と社会教育~戦後沖縄社会教育史研究~」(エイデル研究所、1988 年)は、現在のところ戦後沖縄社会教育のまとまった著書として唯一のものである。

 教育活動については、特に学園民主化闘争や存続闘争など、沖縄大学の最も困難な時期に教鞭をとられたご苦労は察して余りある。先生は、「復帰に伴う文部省による大学統合案を拒否し「廃校処分」にあった後の苦しい大学存続のためのたたかいの中で、学生たちと激論をたたかわし、研究教育の灯だけは絶やさじと努め共に学んだことは忘れがたい」と述べておられる。先生は、外語大で学んだドイツ語も教え、また教職課程の科目を数科目担当するなど、大変な情熱で教育に取り組まれた。

 今日の沖縄大学の礎は、この時代の学生や先生方の情熱によって築かれたと言えよう。

著書

「民衆と社会教育~戦後沖縄社会教育史研究~」(共著・エイデル研究所、1988 年)

「おきなわの社会教育」(共著・エイデル研究所、2002 年)

論文

『思想』としての戦後沖縄社会教育」

(「戦後沖縄社会教育における地域史研究」所収文部科学省科研費研究成果報告書、2001年)

訳書

R・ゴールドシュミット「大正時代の沖縄」( 独文”Neu - Japan” から、琉球新報社、1981 年)

在職中の活動

平良研一先生は、学生部長、図書館長、学内理事などを歴任され、大学運営にも大きく貢献された。

その他の活動

(2009 年現在)
おきなわ社会教育研究会会長
沖縄教育問題研究会代表