劉 剛

教員紹介

人文学部 国際コミュニケーション学科

劉 剛 (LIU Gang)

所 属人文学部国際コミュニケーション学科
専 攻門領域・文化人類学・環境民族学中国環境問題・ 日中間及び沖縄問題
学位(発行機関)最終学歴・中国雲南大学大学院 歴史学博士 (中国国務院学位弁公室)
生年等1958年生
研究活動

 中国(中華人民共和国)では近年、環境破壊が進行して問題視されている。これは近年の中国の経済発展において、工業開発の環境対策が後回しにされがちであること。 経済発展に伴う土地の過剰な開発;教条的な中央の統制による環境負荷の高い農耕牧畜計画の実行; 中央政府による環境対策の地方における不徹底などが原因と考えられている。

 わたくしのフィルト・ワーク地域は、中国の雲南省である。かつて雲南高地は東南アジア北部に隣接し、鉱石や木材、ゴムなどの第一次産品の輸出地域として知られ、近年ではその高度成長中のその社会的な不安定にもかかわらず、急速な経済発展をした地域、また前世紀70年代日本に魅力のある熱帯観光地と、あるいは“エスニック”料理の故郷として知られる。そこには、一貫して雲南省に住んで少数民族集団の姿がない。あったとしても、それは“癒し”とか“醇朴”とか、実態とはかけはなれた思いこみのイメージでしか語られない。わたくしの研究では、雲南地域での近代以前の歴史を解説することを通じて、雲南高地の人々が経てきた二千年の経験と、その結果としての現代を考える。それは雲南をモノとしてはなく民族集団の世界として認識する。あたりまえであって、忘れられていた方法である。

 多民族国家中国では、生業形態の多様性に「画一的」な手法で独善的な側面もあり、むしろそれが逆効果になったことが山ほどあるのである。それに対して、私が学術的に検証を踏まえた。たとえば、少数民族にたいする人口優遇(出産奨励)政策を批判し、それを貧困の原因の一つと見た。いままで漢民族にたいする少数民族の人口増加は、中国政府の政策のよいところと評価していた。だが、その評価は誤りだったようである。それは漢民族に対する平等化に見えて逆に不平等な結果を生んでくる。そのような政策とは「画一的」の性格で、持続的ものではなかったことである。また、現在、中国において全国的規模で実施されている「退耕還林」(一部の土地の農耕をやめてそこに植林する)プロジェクトの構想は、80年代後半私が修士論文などの文章の中で提起したものである。私は、政策立案者である党や政府の活動と少数民族とが直接接触することを提案し、そこに第三者の目で立ちあって、将来を見通した助言を行うことを研究活動の一端と考えている。私の著書『発展の選択』はそのような立場で執筆したものである。その発想は十年をたって中国の国策の柱としての「科学的発展観」の裏づけになるのはとても幸いなことかねてうれしいことである。私は自分の研究活動が、ジャンルや立場を越えた「橋渡し」役となることを目指している。民族の自発的・持続的な発展の活路を見出すために、総合的な視点を持ちながら「中国の環境問題」「環境民族学」という新しい分野を開拓し、有機的に社会活動と結びつくことに、近年は重きを置いている。

 顧みると、20世紀は、科学技術の急速な進歩、人口の急激な増加、そして二つの世界大戦を頂点とする地球規模の紛争と、人類の発展と存亡之危機の間を大きく揺れ動いた時代であった。そして、始まったばかりの21世紀は、市場経済グローバル化と民族間の対立という複雑で困難な問題に早くも直面している。学術研究について言えば、研究分野の専門化が極端になって学問本来の目的からともすれば逸脱しがちである。たとえば、経済学と環境学との間には利潤追求と生命尊重という対立の契機が孕まれており、より高い立場からの調整が不可欠である。人類社会の未来は、愛に裏打ちされた英知にかかっているといわざるをえないであろう。環境民族学の目指すところはまさにその点である。

教育活動

 1999年から現在、沖縄大学人文学部国際コミュニケーション学科教授として、比較文化論と中国文化論の授業担当のほか、観光人類学、文化人類学及び大学院の環境民族学などの授業も担任し、ゼミ演習の指導などの担当である。学生の国際交流と教養の育成を重視し、教室内でのゼミに加え、海外での研修(2002年度は上海、2003年度は香港)も実施している。

所属学会

中国民族学会会員など。

学外活動

 日中関係、尖閣問題をめぐる関連なりのシンポジューム参加、新聞社からのインタビュー受け、原稿依頼など、コラムリストとして活躍中;そのほか、沖縄発の環境保全などの発明を普及させるため活動中。

著作・論文

『雲南景頗族(カチン族)文化史』(2002年11月出版 中国・昆明 雲南民族出版社);中国雲南少数民族の経済発展における問題と展望---新たな「画一的な政策」の陥穽を避けるために--- 1996年 『東京経済大学学誌』東京経済大学196 日本・東京「云南空格人調査―-以曼埧約村空格人為例」2003年 『民族研究』2003 /2北京 ;「21世紀のジレンマ:南北合意と中国への影響をめぐって」2001年p1-20 『「南北合意」と北東アジア情勢へのインプリケーション』 外務省国際情報局調査室委託調査 受託 財団法人アジア太平洋研究会;「雲南地方の観光開発」1997年p41-49 『山岳文化の未来』文部省日仏国際研究プロジェクト(名古屋大学);「雲南跨境民族與雲南対外開放」 中国辺彊歴史研究通報(雲南編)(学術雑誌、1998) /北京, 81-90 ;「"歴史"のもう一つの見方」 文史知識 (学術雑誌、1998/8);「祭祀活動と植物利用:中国雲南西双版納水傣的考察」 中国株洲工学院学報 (大学・研究所等紀要、1999) 13/5,59-66 ;「照葉樹林文化論と西南民族研究」『思想戦線』 (学術雑誌、1989) /12,79-85 ;「成立しにくい雲南の稲作起源論」 『農業考古』 (学術雑誌、1994) /4,76-83 「共生のしくみ―ダイ族の集住空間及びピーロン関係」2002年p161-173 『琉球・アジアの民俗と歴史』(比嘉政夫教授退官記念論集) 容樹書林出版 沖縄・那覇 ; 「傣-泰民族集団形成の生態的要因についての一考察 -同源異流と森林生態の相互作用―」 沖大地域研究所:『地域研究』No.2 2006 ;「空格人生活中の宗教現象」『地域社会与信仰習俗 -立足田野の人類学研究―』 中山大学出版社 2007年12月p223~231;「定住と移動:文化大上海の発展的法則―黄道婆文化の内包および意義―」『被更烏涇名天下 黄道婆文化国際研討会論文集』2007年9月 上海古籍出版社 p8~23;;『中国雲南の開発と環境』(共著)2013年2月p279~320東京;「釣魚島(尖閣諸島)を東南アジアの観光地に」『尖閣諸島と沖縄』p228~2322013年6月、「旅遊何処不漂ラー:観光文化とラ味伝播」『第三回アジア食学国際論壇論文集』2013年10月紹興・杭州p476-491、ほか論著多数。