名誉教授

名誉教授

友利 廣

研究活動

 島嶼経済を分析するために既存表を加工、再編成した産業連関表を作成している。実証実験を終えて実用化したバイオマスエタノール製造事業を新産業として位置づけ、同産業の社会経済的影響を、島嶼型産業連関表を用 いて分析している。又、ライフサイクルアセスメント(LCA)に基づいた温室効果ガス(GHG)抑制等の環境改善効果の分析、貿易自由化の促進に伴う島嶼経済の影響分析、パテントマップによる知財クラスター分析と知財政策構築に向けた研究、制度論的視点から小国・小島嶼国論の研究をここ何年続けている。何れの研究テー マも沖縄経済の依存構造からの脱却し経済的自立を確立するために不可欠な分野である。研究成果は逐次学会等 を通して発表している。

教育活動

 ここ数年FD委員として教学体制の在り方を考えてきた。大学が掲げる教育目標は社会にとって有為な人材を送り出すことに尽きる。本学の取り組みが社会的評価に繋がっているかは大学間の競争力として現れてくる。係 る視点から教学体制の本質を問い直す必要があると痛感している。

小林 甫

研究・教育活動

 古典派経済学の体系では経済の総過程を生産-分配-交換-消費として把握するが、ジョン・ステュアート・ミルの「経済学原理」の体系が生産-分配-交換で終わり消費を欠落させることになったこともあり、それ以降これまで経済学は消費を私事としてその考察対象から捨象してきた。しかし、20世紀末に消費が人類の生存にとって大きな問題としてクローズアップされ、経済学では生活経済学が消費領域を対象とすることになった。だが、生活とは人間の生命活動の自己対象化であり、それを消費活動のみに限定することはできない。そこで、従来の生活経済論がその研究対象領域を消費に限定してきたのに対して、生活を人間の生命再生産行為として捉え、人間生活の経済的側面を労働生活と消費生活の側面からトータルに捉え直して生活経済学の体系化を再構築する必要があると考えている。

國吉和子

【研究活動】

学生時代にFestinger, L.の認知的不協和理論に魅せられて態度変容の研究を始め、認知論的立場から人々の事象認知や原因帰属の問題へと研究テーマを広げていった。沖縄大学に務めるようになってから、社会心理学的視点から沖縄研究に接近するようになった。沖縄の県民性に関する研究に着手し、県内外の大学生や一般成人を対象に、沖縄の人に対するイメージの特性と構造、県人間の距離意識、郷土意識と社会的アイデンテイテイ等をテーマとして調査を実施し、世代間比較、県内と県外数県との相互の比較分析等を行い、沖縄の地域特性を明らかにした。併行して、若者の価値観についての時系列的変化を4、5年間隔で調査し、追跡研究を行った。

【所属学会】

日本心理学会、日本社会心理学会、日本グループ・ダイナミックス学会、日本教育心理学会、アメリカ心理学会、沖縄心理学会

【学外活動】

沖縄県教育委員会委員(1995年12月1999年12月)、日本グループ・ダイナミックス学会理事及び学会誌編集委員(2003年4月~2005年3月)、沖縄心理学会理事(2003年4月~2005年3月)、等。

吉川 博也

研究・アクション リサーチ

 私が沖縄に初めて来たのは、本土復帰した1972年で混乱していたが大変、活気のある時代だった。それは県の委託「沖縄県土地利用基本計画(主査・阿部等、当時、東工大)」の研究・調査が目的だった。

その後、第一次振興開発の専門員をしたこともあり、沖縄には200回以上も通うことになった。また、「与那国 交流シンポジウム(1987年)では中国(アモイ) 台湾(花蓮) 与那国の交流を支援し、また1990年フェリー“よなぐに”によって町民を花蓮に値行させることが実現した。そして1995年より家内と猫と一緒に移住し、沖縄大学に奉職することになった。2008年3月に定年退職したが、大学院の新設に関わったことも、思い入れもあり現在も講義を担当している。

さて私は、この40年間、沖縄の研究・調査を続けてきた。しかし、果たして研究対象地域に住んでいる人々の生活に役立ってきたのであろうか。このことを思うといつも研究の空しさを感じる。

 そこで私は、「アクション・リサーチ」という研究方法を提案、実践することにした。それは、研究の成果を政策提言として社会に働きかけ、その結果やリアクションをフィードバックし、さらに研究を深めようとするものである。

仲村 芳信

研究・教育活動

 仲村芳信先生は、1981年4月に沖縄大学法経学部の講師に就任され、2005年3月に退任されるまで24年間にわたって沖縄大学で教鞭をとられた。

  英語講師として沖大に採用された頃、先生は在沖メリーランド大学でアメリカ人学生に日本語を教えたり、琉大や県語学センターで英語を教えたりされていた。沖大に応募された時には、同僚から「沖大は、今、つぶれかかっているから応募はやめたほうがいいよ」と警告されたそうで、それを振り切っての応募だった。ところが面接の時、当時の学長から「給料は払えないかもしれないが、それでも(沖大)で働く意志がありますか」とっ聞かれ、5人家族を、扶養しなければならないので、今までやっていた非常勤講師の仕事を続けてもよいという条件を認めてもらい採用されたそうである。当初は給料の遅配が続いたが、その後、大学は入学者数が増加し、給料も毎月順調に支払われ、ボーナスも出るようになり、沖縄大学での教育と研究に専念できることとなった。

中村 仁政

研究・教育

 中村仁政先生は、1967年4月に沖縄大学文学部英文科の講師に就任され、2004年3月に退任されるまで37年間にわたって沖縄大学で教鞭をとられた。

 先生のご専門は英語音声学で、日本人英語学習者の英語リスニング能力を伸ばすことを目的に、英語のリスニング能力を解明すべく研究を重ね、それを英語教育に生かしてこられた。

 先生によれば、リスニングの問題は、ただ英語を聞くために耳を訓練すればよいといった単純な考えでは解決できない。リスニングに関する能力には、言語的要因として、音素識別能力、文法力、語彙力、言語ストラテジー等があり、非言語的要因としては、背景知識、予測力、記憶力、非言語ストラテジー等がある。リスニングの行為それ自体は目で直接観察できない認知プロセスであるため、その研究は一筋縄ではいかず、先行研究も数多くあるが、リスニング能力については、未だ明確になっていないのが実状だそうだ。

津波古 敏子

所属学会および現在の社会活動

 言語学研究会会員/教育科学研究会国語部会会員/沖縄方言研究センター会員/しまくとぅば検討委員会委員(沖縄県教育庁文化課 平成20年度・21年度)

沖縄の言語と文化に関する活動

○本土復帰(1972年)以前-

 戦前の標準語励行運動、性急な標準語教育の結果うまれた、郷土の文化をひくくみる風潮がきえずにのこっていた60年代末、教材の自主編成を目指して作成された、沖縄県高教組編『高校生のための古典副読本 沖縄の文学』に編集委員長として参加(1968‐1971)。

○本土復帰以降-

 生活話の標準語化がすすむにつれて、琉球方言が急速に衰退していくのを危惧してはじまった、沖縄の伝統的な方言であるウチナーグチの記録・保存のための調査事業、その他に参加。「琉球方言緊急調査」事業の調査員(昭和52沖縄県)/文化庁委嘱事業「琉球方言調査」の調査員(昭和53‐56沖縄県)/沖縄タイムス社『沖縄大百科事典』の編集委員(昭和55‐57)/「琉球列島の言語の研究10年計画」(1980‐1991沖縄言語研究センター)

谷口 正厚

研究活動・教育活動

 私の勉強は大学でマルクスの『資本論』を学ぶことから始まった。大学院では社会政策を研究し、沖縄が日本に復帰した直後の1975年に沖縄大学に来た。

沖縄で私は障害者問題の勉強を始めた。法経学部で「経済原論」を教えながら、復帰直後の福祉施設や養護学校の建設ラッシュをテーマに自治体財政分析に取り組み、また、沖縄戦から復帰前までの沖縄の障害者行政の歴史を研究した。

 1981年の国際障害者年の年に沖縄で初めて小規模作業所が作られた。国が見捨ててきた「障害の重い人たちの学校卒業後の保障」に親や学校の先生やボランティアたちが地域の中で取り組んだ沖縄の作業所づくりの実態調査に取り組んだ。

 「国連障害者の10年」の最後の年(1992年)に那覇市の事業の中で、障害当事者や沖大の学生とともに障害者の生活実態調査に取り組んだ。1990年代後半になると、作業所に通う人たちよりもさらに障害の重い人たちやその親たちの「地域の中で暮らしたい」という思いが広がった。運動と実践が進む中で実態調査や親の会の人たちとともに運動にも取り組んだ。

伊達 隆英

研究活動

 私が沖縄に来たのは、1972年である。すなわち沖縄の日本復帰(5月15日)の年の5月5日である。私は大学院の修士課程を終えた後、1965年から4年間、上智大学法学部助手(労働法)をしていた。その後、1969年から3年間、健康保険組合連合会社会保障研究室の研究員をしていた。そして沖縄に来たのである。

 私が退職したのは2004年であるが、在職32年間、私が研究していたのは、文献研究(即ち、著書、論文、判例研究等)である。講義に於いては、法解釈論のみではなく、第2次大戦後、労働組合法、労働基準法、労働関係調整法といういわゆる労働3法が出来て、労働運動が活発化された過程を解説した。その後は、主に法解釈論を行った。社会保障法の方は主に健康保険、年金保険という社会保険制度の講義を行った。

 退職後は特に大きな研究論文を書くということはしていないが、法制度、経済、政治等の社会現象についてはいつも関心を持って居る。

所属学会

日本労働法学会、日本社会保障法学会、沖縄法政学会、慶應法学会、日本法制学会

学外活動

那覇労政事務所・コザ労政事務所での労使の会合に出席、講演

沖縄県労働史編纂懇話会委員2期

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