こども文化学科

こども文化学科

盛口 満

研究活動

 もともと私は中学・高校で理科の教員をしていました。と同時に、一般向けの自然科学書を書くという仕事もしていました。2000年に沖縄に移住して、今度はフリースクールの講師や大学の非常勤を勤めながら本を書くという生活をしていたのですが、2007年にこども文化学科が立ち上がった際に、理科教育の教員として赴任することになりました。新聞に自然、それも虫についての子供向けの記事を書くことが多いためか、私が虫の専門家だと思っている方もときどきいるのですが、私は、もともと大学時代、植物生態学を専攻していました(平たく言うと、森の研究)。ただし、その後の教員生活で、植物に限らず、虫も含めて、どのような教材(特に生物教材)を扱うと、授業が生き生きとなるのだろうかということが、主な関心事となり現在に至っています。また、授業づくりをきっかけとし、人と自然との関係性についても知りたくなり、それが一つの大きな動機となって、沖縄に移住することになりました。大学に籍を移してからは、琉球列島の里山環境において、どのような自然利用がなされていたのかを、主に植物利用の聞き書きから掘り起こすという研究を始めています。先に地球研の共同研究班の一員として行った研究は、『奄美沖縄環境史資料集成』(南方新社 安渓遊地・当山昌直編)という本の中に、載せてもらうことができました。

宮島 基

研究活動

 「人が育つとはどういうことか?」、「子どもが大人になるとはどういうことか?」そして「そこで教育や先生が果たす役割とは何か?」、私はそういったことに関心をもってきました。特に取り組んできたのは、高校や大学を卒業した人たちが、今の社会の中で「大人」になっていく姿を明らかにする研究でした。

 「大人」というと、一般的にはどのような人が想定されるでしょうか?自分の親や先生といった人たちを思い浮かべると、例えば仕事に就いている人とか、親元を離れた人とか、結婚している人などがイメージされるかもしれません。ところが今日の社会では、特に若い人たちの間で、そうした出来事を経験しない人たちが増えています。いつまでもフリーターで仕事を転々とする、親元で暮らし実家を離れない、結婚もしないし子どもも作らない。これまで「大人」たちが経験してきた出来事を経験しない若者が少なくないのです。

 それはいったいなぜなのか?そこにはどのような問題があるのか?そして、教育にはどのような役割が求められるのか?そういったことに関心をもち、実際に調査などをしながら、若者たちが抱える困難や生きづらさの実態、そしてそこでの教育の役割を明らかにして来ました。

宮城 能彦

大学の教育・研究

 誰にでも、猛烈に「学びたい」と思う時が必ず来ます。

 「勉強」が基本的に「義務」あるいは、「義務」から生じたものでしかない高校生には理解できないかもしれませんが、社会人になると、「もっと勉強しておけばよかった」「今からでも勉強したい」と多くの大人たちが言うのです。人は、「義務」感を感じなくなった瞬間に、ほんとうに「学びたい」と思うのかもしれません。

私には夢があります。

 それは、「学びたい」と思った人が、年齢や職業や経済力に関係なくいつでも学ぶことができる、そんな社会になってほしいという夢です。別の言い方をするのなら、いつでも「やり直しがきく社会」をつくりたいということです。

勉強を始めるのに「遅い」ということはありません。環境さえ整えば、いつでも誰でも学ぶことができる。そんな環境を作っていくためには、まず、大学に対する考え方を変えなければならないと思います。

簡単に言えば、「高校生の進学先」としての大学から、「年齢に関係なく学びたい人がいつでも通える教育機関」というイメージに変えていく必要があるでしょう。もちろん、モラトリアム期間がほしいという若者でも社会人でもかまいません。シェルターとしての大学と言ってもいいでしょう。

松尾 理沙

研究活動

 自閉症スペクトラム障害を含む発達障害児への療育的支援、発達障害児・者への相談支援、発達障害児・者をもつ家族への支援、小学生や大学生に対して認知行動療法を用いたストレスマネジメントに関して研究を行っています。

教育活動

 特別な教育的支援を必要とする児童生徒が通常学級にも2~3人在籍することが明らかとなっており、通常学級においても特別支援教育を推進することが求められています。小学校教員を目指している学生とゼミ活動を中心に、特別支援教育の視点を踏まえた通常学級における授業作り、地域の発達障害児への教育的支援、心理学的な見地からのクラスマネジメント等について実践と理論を通して学んでいます。

所属学会

日本特殊教育学会 正会員

日本行動療法学会 会員

日本行動分析学会 学生会員

日本小児精神神経学会 会員

日本小児神経学会 一般会員

日本心理臨床学会 会員

日本認知療法学会 会員

学外活動

名桜大学 非常勤講師

須藤 義人

研究活動

 個人的な研究としては、科学研究費で、『琉球諸島における「棒踊り系芸能」の舞踊学的研究』、『琉球諸島における「弥勒神」の図像学的研究』という調査をずっとしてきました。キーワードとなるのは、民俗芸能、仮面仮装、祭祀空間、来訪神儀礼、口承伝承、無形文化遺産などですが、このような専門用語の羅列をしても、実態とは異なるので、イメージは湧きにくいのは当然だと思います。簡単に言えば、自然と人がどのように関わってきて、祭りや祈りをして生きてきたのか……、そして、その継承をどうしていくのか……を映像と文字によって記録して研究しているということです。

教育活動

 子ども文化論、子どもとメディア、映像文化論、問題発見演習、専門演習などを講義で担当しています。「教員志望者以外を募集」と銘打っているためか、ゼミ生は少人数制になっています。実技では図画工作も担当することになっています。

所属学会

 民俗芸能学会、比較文明学会など入っていますが、近年は学会発表をあまりしていません。他に学会に3つほど入っていましたが、義理と社交的な関係で入っただけで、現在も名簿があるか分かりません。おそらく学会の厳かな雰囲気が苦手だからかもしれません。そういう意味では、孤独が好きなのかもしれません。

喜屋武 政勝

研究活動

 学校の「国語」の時間。そこから、何をイメージしますか?

「ごんぎつね」(小学校)、「故郷」(中学校)、「羅生門」(高校)といった文学作品。生活文、読書感想文、意見文といった作文。それから、漢字の書き取り、文法の暗記・・・。学習する対象が、あまりにも身ぢかな「日本語」でかかれた文章であること、あるは、空気のような存在ともいえる「日本語」そのものであることから、社会科や算数、体育や音楽など、ほかの教科にくらべて、とらえどころのない教科といった印象があるのではないでしょうか?

「国語」の学習。それは、一言でいえば、「ことば(日本語)」をきたえることである、といえるでしょう。そうであるとすれば、国語の学習はどのような内容と構造をもっているのでしょうか? 日本語の音声的な側面、表記の側面、語彙や文法の側面は、どのような体系をもっているのでしょうか? ことば(日本語)による芸術としての文学作品には、どのような特徴があるのでしょうか? このような問題意識にたって、研究活動をおこなっています。

具体的には、沖縄県各地はもとより、全国の学校現場の教師とともに、国語の授業についての実践的な研究をすすめています。

川井 勇

プロフィール

 1947年、東京で生まれる。かすかに東京大空襲の傷跡が残る深川で幼少期を過ごす。私立帝京高校を経て早稲田大学へ。自治会執行部の問題提起を受けた4.28についてのクラス討論で初めて「沖縄」と向き合った。当時学内は沖縄に連帯する立て看板があふれていたし、沖縄はしばしば討論のテーマになった。そして、忘れもしない1971年の暑い夏、ぼくは初めて沖縄の土を踏んだ。カルチャーショック、致命的な「沖縄病」にかかった。その後、沖縄戦後教育史研究の先駆者上沼八郎氏に出会い、そして沖縄、宮古、八重山へと、戦後教育の先達を訪ね歩く旅が始まった。

 大学院を卒業し、私立高校の教員になったが、腕白坊主たちとの「格闘」の日々であった。毎日が楽しかった。何とか満足のいくクラスを作ることができ、彼らを卒業式で送ることになったとき、ぼくも職を辞し、沖縄へ向かった。進路指導で向かい合った腕白坊主たちが、ぼくの背中を押してくれたのかもしれない。船で沖縄に着いたのは、1979年3月22日。沖縄生活が始まった。

梶村 光郎

研究活動

 これまで(1)作文教育の歴史と実践、(2)標準語教育の歴史と実践、(3)教育雑誌に関する研究を柱にして研究を進めてきました。その理由は、日本における作文教育が、生活表現の教育として、フランスのフレネ教育やブラジルのフレイレの識字教育などと同様、教育改造の契機となる豊かな内容をもっているからです。そのことを地域に根ざした作文教育運動のなかで提起されてきた理論や実践に即して探求することが課題です。

 また、生活表現の教育の問題を考察する上で、どのような言語で生活を表現するかは大事な問題です。そういう観点から、近代日本の国語科教育を見ますと、地域の生活語である方言の否定・撲滅を図りながら進められてきたといえます。沖縄における「方言札」の問題はそのことを象徴的に示すものです。そうした歴史を踏まえると、方言を中心として営まれてきた地域の言語生活や言語文化を掘り起こしながら、必要な内容を国語科教育に付加していくことは国語教育をより豊かなものにしていく上で大事だと思います。そのような理由から、沖縄を中心とした標準語教育の歴史の解明も行っています。そして、これらの研究を進めるために、資料の発掘、復刻、紹介を行ってきました。しかし、十分やりつくせたとは言えません。今後も課題として引き続き行わなければならないと考えています。

池間 生子

研究活動

 小学校の教員として39年間、特に「~をしたい」という目標を持ちながら過ごしたわけではないが、振り返ってみると、不易と流行を肌で感じた教職生活であった。

 がむしゃらな初任の頃の学級担任時代、学びたかった附属小学校の6ヶ年、5ヶ年間の教頭生活、おっかなびっくり行政での2カ年、初めての校長職3カ年、充実した研究所所長職3ヶ年、そして、再びの校長職2ヶ年、人の育ちの場を職場とできたことは大きな財産となった。「教員免許状は、あなたの可能性にあげるもので、結果をみたわけではない。」という言葉を大切に過ごしてきた。

 小学校1・2年から理科と社会科がなくなり生活科へ、ゆとりの時間が時間割へ顔を出し、総合的な学習の時間が移行期2ヶ年間を経て実施された。それに伴い、全国津々浦々校内研究のテーマが「総合的な学習の時間の充実をめざして」の一色になった。そして、英語学習の導入、晴天の霹靂で英語の授業を担当しなければならなくなった小学校学級担任。